あれはひどい花粉症に悩まされていた春先の出来事でした。四六時中鼻水が止まらず、私は寝室にもリビングにもティッシュの箱を常備していました。その日は特に症状が重く、何度も鼻をかんでいましたが、ゴミ箱がいっぱいになるのが煩わしくなり、ふと思いついたのが「トイレに流してしまえばいい」という安易な考えでした。トイレットペーパーと同じ紙なのだから、多少多めに流しても水が何とかしてくれるだろうと高を括っていたのです。しかし、その根拠のない自信が、数時間後に自宅の床を汚水で浸す大惨事へと繋がるとは、当時の私は夢にも思っていませんでした。詰まる確率などという言葉は、自分とは無縁の遠い世界の出来事だと信じ切っていたのです。深夜、最後の一回を流そうとしたとき、明らかな異変が起きました。いつもなら軽快な音とともに吸い込まれていく水が、不気味に静まり返り、ゆっくりと水位が上昇し始めたのです。心臓の鼓動が早くなるのを感じながら見守っていると、水位は便器の縁ギリギリで静止しました。私は慌てて市販のラバーカップを持ち出し、必死に格闘を始めました。しかし、押しても引いても手応えはなく、むしろ状況は悪化する一方でした。ついには溜まっていた汚水が縁から溢れ出し、清潔だったはずのトイレの床がまたたく間に冠水してしまいました。絶望感に打ちひしがれながら、私は深夜営業の水道修理業者に電話をかけるしかありませんでした。到着した作業員の方は、特殊な内視鏡カメラを使って配管の中を見せてくれました。そこには、私が流した高級ティッシュが、水に溶けるどころか幾層にも重なり合い、まるでフェルトのような分厚い壁となって配管を完璧に遮断している光景が映っていました。作業員の方は呆れたように、ティッシュは水の中では「石」と同じくらい頑固な詰まりの原因になると教えてくれました。結局、深夜料金と特殊作業費を合わせて五万円以上の出費となりました。あの日、ゴミ箱に捨てるという数秒の手間を惜しんだ代償は、あまりにも大きすぎました。この経験以来、私はどれほど鼻が詰まっていても、ティッシュ一枚たりともトイレに流すことはありません。あの時の逆流する汚水の光景は、今でも私の脳裏に焼き付いて離れない教訓となっています。