その夜、天気予報は今季一番の強い寒波が到来すると伝えていました。都心でも気温は氷点下まで下がり、古い分譲マンションの住民たちは、それぞれの部屋で暖を取りながら眠りについていました。異変に最初に気づいたのは、夜勤を終えて帰宅した看護師の女性でした。冷え切った手を温めようと洗面所の蛇口をひねっても、何の反応もありません。最初は自分の部屋だけの問題かと思いましたが、キッチンも浴室も結果は同じ。時刻は午前三時過ぎ。言いようのない不安に襲われながらスマートフォンの明かりで窓の外を見ると、いくつかの部屋で明かりが灯り、同じように困惑している住人の気配を感じました。誰かが管理会社の緊急連絡先に通報したのでしょう、しばらくして全戸に一斉メールが届きました。原因は、記録的な冷え込みによる、マンションの主給水管の凍結。復旧作業には時間を要し、早くても翌日の昼過ぎになる見込みだという、絶望的な内容でした。その日から、住民たちの予期せぬ共同生活が始まりました。飲み水は各自で確保するしかありませんが、最も深刻だったのはトイレの水です。住民たちは申し合わせて近くの公園からポリタンクで水を運び、エレベーターで各階へ配給しました。この一件は、当たり前だと思っていたライフラインの脆弱性と、いざという時の備えの重要性、そして同じ建物に住む者同士の助け合いの精神を、住民たちに痛感させる忘れられない出来事となったのです。